ぶらり・ぶら~り
第85回 冬のアラスカ(2) (2011/08/25)
5日目フェアバンクス
今日は6時半出発の北極圏ドライブツアーです。
アラスカを南北に縦断するトランスアラスカパイプラインで有名なダルトンハイウエイを走行します。途中は荒野の雪景色、強大なユーコン川も横断します。
もちろん私達は出発より15分前にスタンバイです。ところが定刻になってもスタッフが来ません。待っている間に、日本の方とお会いして前夜オーロラツアーに行ってこられてオーロラが見えたとの情報にちょっと残念な思いをしました。昨夜無理をしても何処かのツアーを探してみるべきだったと反省です。
ところで、北極圏のツアーは?7時少し前に担当者がやってきました。あまりの寒さにエンジンがかからなかったとの考えられないアクシデントでした。結構大きなバスです。
やっと出発、5分くらいの所のスーパーで昼・夕食を買いそろえるようにとの事です。
バスに戻ると凍るように寒い!このバス、エンジンはかかったがエアコンが作動しない事がわかり、別のバスを調達する事になりました。来たのは2台のワゴン車でした。早速ワゴン車に乗り込み出発しました。先ほどのバスよりかなり窮屈感があります。
ヒーリーからフェアバンクス間で見た雪の芸術とは少し形の違う物が、道路の両側に現れます。それはすばらしい作品でした。それにしても寒い!やはり北極圏ヘ向かっているんですね。
運転手兼ガイドは若いお嬢さん、ダルトンハイウェイを見事に運転しながらガイドを続けます。英語の理解力の悪い私達ですが、彼女はなるべく解るようにゆっくりとガイドを続けます。
トランスアラスカパイプラインを見学、1280kmの長さで180万バーレルを送り続けている。?52度から+32度の温度差の中で機能させている。その後、ユーコン川のそばに停車して車内で昼食です。
狭くてちょっと厳しい物がありました。正直いって何処か小屋の様な所かな?とは、ささやかな期待でした。食後凍ったユーコン川を歩きますが、そこまでが雪が深くて到達するまで大奮闘でした。それでもまだ元気が残っています。これもなかなか経験のできない事ですから、前向きに私達は初体験を楽しみます。
今日の目的地、北極圏に到着したのは午後4時少し前でした。ここより先が北極です。私達はすっかりテンションが上がっていました。やっと北極圏に到着したのですから!
出発時のアクシデントで、大分予定の時間が遅くなっています。
途中、夕食を食べる為に停車するかとの質問、私達は疲労困憊して食欲も無く、早くホテルへ戻る事を希望しました。真っ暗闇のダルトンハイウエイを、仕事とはいえ彼女は安全運転でホテルまで届けてくれました。本日の北極圏ツアー終了。
今回の現地ツアー、北極圏ツアーがいかに私達の年齢で過酷な事であるかという点で認識不足だった様な気がします。ツアー途中ではレストラン等無いので食事はスーパー等で求めるとは聞いてはいたのですが、私達は理解度が不足していたようです。
この寒さを周知していればそれなりにもっと温かい物を準備できたかもしれません。
いろいろと大変な事ばかり申し上げましたが、それでも行って良かったと今は思います。それにしても北極は寒かった。
6日目
旅の半ばになり明日からはオーロラ観賞です。夜更かしが続きますので、アラスカ大学見学とサンタクロースハウスへ行く予定だけです。ヒーリーからの移動日、B&Bのオーナーからアラスカ大学の博物館の見学を勧められました。移動日は、到着時間等を考えるともっと時間があった方が良いと判断して、この日にしました。アラスカ大学フェアバンクス校に併設されている博物館はアラスカの自然と文化、歴史に関する展示があります。また、今は亡き写真家、星野道夫さんのコーナーがある。
その後、サンタクロースハウスを楽しみにしていたのですが、クリスマスが終ると土日だけのオープンでした。ツリーグッズを買って帰りたかったのに残念。
予定より早めにホテルへ戻りホテルを散策。Morris Thompson Cultural and Visitors Center (モリストンプソン文化ビジターセンター)を発見。アラスカ大学博物館とは又違った味わいのあるアラスカの歴史とを学ぶ事になる。
http://www.morristhompsoncenter.org/
今回アラスカの旅目的はあくまでもオーロラ観賞です。
残された行程は全てオーロラだけの旅です。
究極の夜遊びの始まり。さてリベンジオーロラ観賞は次回です。
世界で一番人口の多い団塊の世代・1947年生まれの好奇心いっぱいの獅子座です。
忘れた頃の5人目で、比較的自由に育ちました。生まれは熊本・小中学校時代は下関ですから育ちは下関かも知れない。存在感のない子供でした。親からも同級生からも忘れられることが多かったので、気ままにテクテク歩いたりラジオ・テレビに興じたりしていました。今の生活にそんな育ち方が反映しているかも知れません。
運動神経の悪かった私は歩きというスポーツを見つけて20年すっかりアルチュウ(歩く中毒)になっています。社会性に乏しい割にはここ10年位は旅仲間と4~10人くらいで海外旅行を楽しんでいます。