つくばのこと、もっとわかれば もっとたのしい! 茨城県つくば市のケーブルテレビ局ACCSによる地域情報サイト

ぶらり・ぶら~り

第107回 心は乙女シニア7名「赤毛のアン」の世界へ (2013/07/01)

2年前、級友から「プリンスエドワード島へ行きたいよ~」とのメール。
タイミングよく知人から「赤毛のアン」の単行本10巻を渡され「読まない?」と言われる。
そこから、カナダへ、プリンスエドワード島への旅がはじまる。

級友といつもの旅仲間での旅のつもりだったが、気がつくとシニア7名になっていた。
中途半端な人数だが、なんとかなるだろうと準備が始まる。
聞けばナイアガラの滝は参加者全員未だ見ていない、心は乙女達。

ナイアガラの滝三昧から始まる。
トロント、モントリオール、モンクトンと汽車の旅。
モンクトンからは作者モンゴメリーの生まれ育ったキャベンデッシュへ。
B&B のオーナーにモンクトンからお迎えをお願いする。

私達が4泊したBreeze innは「赤毛のアン」観光ポイントがすべて徒歩圏内。
宿は日本人のKayoさんとMickyさんご夫婦が経営するB&B。
Kayoさんの日本人らしいおもてなしの心と料理上手なご主人Mickyさんの優しさに心温まる4泊5日『アンの世界』でした。日本語で何でも聞ける事が何より心強い日々。
http://www.cavendishbreezeinn.com/

私達の宿Breezeinn(小泉さん撮影)

私達の宿Breezeinn(小泉さん撮影)

キャベンデッシュにあるモンゴメリゆかりの場所は、全てがアンの世界です。
もちろん「アン」はモンゴメリが書いた小説の主人公です、解ってはいるのですが実在の人と錯覚してしまいます。

キャンベンデッシュ滞在一日目

朝食は8時から、Mickyさん手作りの料理とKayoさんが焼くスコーン他焼きものです。
本日はおにぎりのランチ(おかずと水付10ドル)を作って頂きました。全て徒歩圏内での一日でした。

居間

居間

B&Bの食堂

B&Bの食堂

「ビジターセンター」

04image006lグリーン・ゲーブルスのビジターセンターにはモンゴメリ著の貴重な初版本やモンゴメリの愛用したタイプライターが展示されている。
ここでチケットを購入、見える所に貼るシールです。
外に出ると馬車があり三つ編みの付いた帽子が、シニアのアン如何かな?その後三つ編みをした若いお嬢さん達に会いました。う~ん、やっぱり若いって良いなあ♪♪

「赤毛のアンの家」

05image008l小説の主人公という事を忘れ、ダイアナと光で連絡していたのはこの部屋かな?などと想像してしまった

「恋人の小径」

アンが名付けた“Lover’s Lane”に始まるバルサム・ホロウ・トレイルThe Balsam Hollow Trailは約1kの散策コース。

「お化けの森」

老木の中からお化けがでそう?この森を抜けると6号道路にでます。その道路を超えると住居跡地へ通じています。この入口にキャンプエリアが有り私達はここでランチ

「モンゴメリの住居跡地」

モンゴメリは母親の死後母方の祖父母の家で育ち祖母が亡くなる36才までそこで暮らす。今は土台と当時の井戸だけが残る。その先にあるbookstoreモンゴメリ関連の本やポストカードが売られていた,最もこの近辺のアンの関連施設なら何処でも売られている。

「グリーン・ゲイブルス郵便局」

06image010lモンゴメリが暮らした祖父母の家の郵便局が再現されています。日本語で聞ける説明もありました。ここでポストカードを投函するとここの消印が押されます。ここの切手付のカードはお得です。でも絵が限られているので、好きなカードで出したい時はふつうに切手を貼り投函。

「モンゴメリの墓」

07image012l共同墓地ですが直ぐに解ります。1942年にトロントでなくなりましたが、生前から「グリーンゲーブル」の見えるこの場所を望んでいたそうです。

「シャイニング・ウオーターズ湖」

モンゴメリが名付けた輝く湖水のモデルは数カ所有りました。
この日訪れたのはその一つ、プリンス・エドワード・アイランド国立公園のトレイルを歩いた時に出会ったThe of Shining Waterでした。
09image016l08image014l

この日は良く歩きました。途中自分でカップに入れ重さで料金を支払うフローズンヨーグルトを食べたり、赤土で染めたTシャツ工場に寄ったり、恋人の小径やお化けの森を歩いたり、7名の心は、乙女の私達はすっかりアンでした。

キャンベンデッシュ滞在二日目

アボンリービレッジ

午前中はアボンリービレッジへ、もちろん歩いて行きます。といっても約15分。
ここは、古い建物を集めてアボンリー村を再現したテーマパークです。
私達が訪れた時はシーズンオフで全部がオープンでは有りませんでしたが、アンがいた頃のアボンリーが伺えました。
09image026l10image024l

教会にはいると寸劇のお稽古中、ギルバートがアンの赤毛をからかって彼女の逆鱗にふれ頭を石盤で殴られるシーンでした。ギルバートはもちろんハンサムさんでした。

7月ハイシーズンに向けしごとをしているスタッフ達は皆楽しそうでとてもフレンドリーでした。

11image022l12image018l13image020l

徒歩圏外のアンの世界

午後は、徒歩圏外のアンの世界へ車で出発です。
B&Bの食堂に飾ってあった可愛い飾りを作っている方がカフェBlueWindsをやっているので食後のお茶タイムで寄って頂きました。可愛い食器棚の飾りは素敵でしたが、注文をしてから作って頂けるそうで諦めました。でもお茶とデザートで満足して次にすすみました。

小説の中の大事件のひとつ、イチゴ水があるという事で何人かが注文しました。
実際はラズベリーコーデュアルのようです。村岡花子さんが翻訳をされた当時はラズベリーというものが日本ではなじみがなくいちご水とされたそうです。

14image032l 15image030l 16image028l

Hostetter’s Viewscaape

有名なフレンチ・リバー、ここも輝く湖水の一つ。ここの土地は、丘の上にガラス張りの展望テラスを持つ屋敷の持ち主、アメリカ人の Ralph Hostetter 氏の所有だったそうですが、あまりにも多くの人が車をここに止めて景色を眺めているので、気前よく寄付してくれたそうだ。

感謝の意をこめてHostetter’s Viewscape との看板が立てられていた。Hostetter氏の門扉近辺はルピナスの群生地。気前の良いHostetter氏ではあるが、ここはあくまで敷地内。ほんの少しルピナスとのショットを撮るのみで深入りは止めよう。

18image036l 17image034l

来月につづく

ぶらりさん自己紹介

世界で一番人口の多い団塊の世代・1947年生まれの好奇心いっぱいの獅子座です。

忘れた頃の5人目で、比較的自由に育ちました。生まれは熊本・小中学校時代は下関ですから育ちは下関かも知れない。存在感のない子供でした。親からも同級生からも忘れられることが多かったので、気ままにテクテク歩いたりラジオ・テレビに興じたりしていました。今の生活にそんな育ち方が反映しているかも知れません。

運動神経の悪かった私は歩きというスポーツを見つけて20年すっかりアルチュウ(歩く中毒)になっています。社会性に乏しい割にはここ10年位は旅仲間と4~10人くらいで海外旅行を楽しんでいます。