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ぶらり・ぶら〜り by ぶらり

第28回 サンチャゴ巡礼道900キロの旅
Part2 成田〜ロンセヴァジェス

5月29日(月)

21:56成田発翌日4:14シャルルドゴール着で私たちの巡礼の旅は始まります。巡礼者のしるしである帆立貝を背中につけて!

JALのパリ行きはエアーフランスの機材で行くのでチェックインはエアーフランスだったのに、うっかりしていた私は何も考えずに第二ターミナルへ。東京在住のAYさんと空港での待ち合わせなのだが、時間になっても一向に来ない。AYさんは早く来ていることはあっても遅れる人ではない。サービスカウンターで呼び出しを依頼してエアーフランスは第一ターミナルであることが判明!慌てて空港内バスで第二ターミナルへ。

旅のはじめからとんだ失敗をしてしまった。飛行機は何事も無くパリへ到着
機内でかねて見たかった「明日の記憶」を観る。医者役の及川光博の台詞に「人の細胞は60兆、人は死ぬまでにいくつの細胞を使うのか?」考え深い意見である。私は大分細胞を溜めているようである。

5月30日(火) シャルルドゴール空港〜Saint Jean Pied DE Port 17,037歩
4;14予定通り到着。早朝の空港はひっそりしている。案内板にしたがって広い空港内を進む。
フランスの新幹線TGVにモンパルナス7:15発に乗車の予定。ところがメトロの乗車券を購入するのに窓口が6時にならないと開かないという。自動販売機はクレジットカードかコインだけ。手持ちのカードがどれもエラーが出てしまう。3人分のチケットが24ユーロ。紙幣はあるがそんなにコインが無い。3人の手持ちのコインを集めても足りず、近くにホテルシェラトンがあったので両替をお願いするも10ユーロだけしかないという。すれ違う人に尋ねてもだめだった。それではと自動販売機数台に再度Cr.カードで挑戦。メトロに6時前には乗りたいのだ。仕方が無いタクシーを使おう!階段を駆け上がるところがタクシーも6時からという。でもタクシーなら6時でも間に合うだろう。

モンパルナスに発車30分前に到着する。今回フランス&スペインのユーレイパスを使用。乗車前の駅での受付はスムーズに終了。やれやれ、昨夜の成田といい今回の旅はどうも飛行場で手間取るようだ。これから約5時間の列車の旅です。

列車に乗り込むと最近私のブームになっている「数独」がおいてある。日本生まれのこのパズルがヨーロッパでブレイクしているようです。スペインでもキオスクで売られていました。


バイヨンヌ駅
バイヨンヌ経由でサンジャンには13:26に到着予定でしたが、途中汽車が15分くらいストップしましました。動き出してホッとしました。フランス語オンリーの車内アナウンスでは何が原因か解りません。乗り換えの時間があまり無いので心配していました。バイヨンヌに到着した時はサンジャン行きの電車はすでに出た後だったので、3時間待つことになりました。バイヨンヌは通過だけの予定でしたが、おかげでこの町を散歩することができました。

バイヨンヌ(Bayonne)は大西洋岸、スペイン国境に程近い比較的大きな街です。港町として栄え、カカオの輸入地点であったためチョコレートが有名です。またピレネー山脈で育つ豚を使った生ハムJambonも有名です。
スペインにはチョコレートが有名なところが多いようです。

バイヨンヌで一息ついたあと、1時間ほど汽車に揺られて目的の地サンジャンに到着。道を探すことは無かった。多くの巡礼者がこの駅で降りた。私たちは同じようなリュックを背負った人々についていけばよかった。受け付けは混んでいました。ボランテイアの方々はあまり英語が得意ではなかった、きっと心の内は「どうかフランス語を話す巡礼者でありますように!」しかもその英語さえ定かでない私たち日本人3人の担当になるなんて・・・・

やっと私達の番です。私たちを受け付けてくれたのはやさしそうな女性でした。
日本人は珍しいようで漢字のサインが大受けでした。これから巡礼者である私たちに大切なクレデンシャル(巡礼者証明書)と日本語解説付の一日目の地図を手に入れ手続きが完了。宿や諸々の説明は私たちの前に手続きが終わった若い女性に聞くようにと、ちょっと逃げ腰です。何しろ後ろにまだ巡礼者が控えていますから。私たちは彼女がてっきりスタッフだと思い込み、宿についてから彼女がアイルランドのマーガレットという名前で同じ巡礼者であることが解りました。

彼女は多分20代半ばで、翌日1時間位一緒に歩きましたが、とても同じペースでは歩けなくて距離が離れてしまいました。

宿に到着後8人部屋に案内されました。なんと4つの2段ベッドの8人部屋。2人は男性でした。
下調べでは解っていた積りですが、やはり現実に男女同室というのは、一つ目のカルチャーショックでした。
若い時ではきっと逃げ出していたかも知れませんが、お互いおじさんおばさんですから気持ちの切り替えは早いものです。巡礼宿(アルベルゲ)も全部ではありませんが大方ボランティアの方々のお力で成り立っています。お世話してくださる方をホスピターレといいます。camino de Santiago を全部歩いた方で無いとお手伝いはできません。

ベッドも決まりサンジャンを散策です。巡礼のスタート地点ということで私はのどかで何も無い村だと決め込んでいました。確かにのどかで美しい村ですが何も無い村ではなかった。
お土産屋さんやレストランなどあって活気ある村でした。

5月31日 Saint Jean Pied DE Port 〜Roncesvalles 46,228歩(しっかり27176 ) 24.9k

巡礼スタートです。5時起床、まだ真っ暗です。まだ寝ている人、支度を始めた人それぞれです。
ベッドの上で手持ちのライトで自分の荷物を確認して、部屋をそっと出ます。同室のドイツの男性はすぐに出発するようです。帽子に小さなバラの花がさしてあります。奥様の代わりだそうです。無口でちょっと怖そうだったのですが、朝の支度も実に静かでスマートな方でした。ピレネー越えのこの日、彼が早朝に出発した訳はロンセヴァジェスに到着後納得です。

昨夜買い求めておいたトマト、ハム、ヨ−グルトと用意されたパンとコーヒーで6時から朝食です。私達が出発するころ食事をする巡礼者とオ−ナ−がキッチンに集まっていました。実に陽気な方々です。彼らは私達よりも健脚で直ぐに私たちを追い越すことでしょう。


このアルベルゲのオーナーと巡礼者たち

アルベルゲの壁に貼られた巡礼図

この一年巡礼という言葉が口から出ていたが本当のことは何も解らなかった。日本人の巡礼者だけでも一年に10万人が歩くといわれています。黛まどか著「星の旅人」米山智美著「巡礼の道」中谷月子著「サンティアゴ巡礼へ行こう!―歩いて楽しむスペイン」など沢山の本も読みました。インターネットのブログやHPも読み漁りました。結局出発前、全てを白紙に戻し歩き始めようと思ったのでした。

そして、今ここから発とうとしている私がいます。信じられない!歩き始めた!今回3週間という期間が私に与えられました。行けるところまで行こう!出来たらレオンまで!つかめない何かを抱えてとにかく進まなくてはと思いました。


歩き始め/前の2人が仲間です

HONTOのアルベルゲ前のAnna
今回の一番の難所といわれているピレネー越えです。真っ青な空、何よりのお天気です。ついていると思いました。
歩き始めの写真で前の2人は今回の仲間、後ろの青い重そうな荷物を背負っているのが、昨夜同宿したイタリアから来たAnnaです。彼女は「私はあまり強くないからゆっくり歩くの今年いっぱいに歩き終わればいいの」といっていました。それにしてもこの荷物すごいですね。そして、5キロ地点のHONTOに泊まりました。ここでお別れしました。Annaは今頃どうしているのか?

実は前日TGVが遅れなくて時間通りにサンジャンに到着していれば私たちは5キロ歩いてここに泊まる予定でした。後でわかった話しですが、ここから本日の目的地ロンセヴァジェスまで10ユーロで荷物を運んでくれるシステムがあったそうです。

9キロ地点オリジョンのアルベルゲで休憩です。手作りのケーキとコーヒーで一息つきます。お天気に恵まれすばらしい景色の連続に感嘆するばかりでした。ここで思いもよらず日本語が聞こえてきました。

それはカナダ大使館に勤務するスージ達のグループです。スージは妹さん、娘さん、仕事の同僚の4人でした。その後も彼女たちと何度も出会い情報を交換しあいました。彼女は5年ほど日本で勤務したそうです。現在はタイのバンコック勤務だそうです。なかなか流暢な日本語です。日本語で会話は嬉しいものです。


ピレネー越えの景色

ここまでは、景色を楽しみ背中の荷物も気になりませんでしたがお昼近くなり、自分たちの判断の甘さに気がつきます。これからが本格的なピレネー越えなのですが、何故かこの先でサンドイッチか何かを調達できると思い込んでいました。

どこまでも単調な上り坂を歩くうちにすっかり飽きてきました。周りを見ると私達3人だけです。間違ってないだろうか?不安が一瞬心をよぎります。風がだんだん強くなってきました。周りは岩や石ばかり、それに風除けが転々としてきます。

さすがに吹く風は冷たく「お天気が良かったのでこれくらいだけどこれが雨や雪だったら・・」と3人は晴天であったことに感謝でした。

巡礼者の姿が見え始めました。風除けで食事を摂っています。私たちはとにかくほたての印しや黄色い矢印を目指して歩くより仕方ありません。上りが落ち着いた頃私たちも手持ちの食べ物を出し合い空腹を凌ぎました。

ところ私達の後姿が余程空腹を抱えて歩いているように見えたのでしょう。自転車のフランス紳士が「お昼は終わったのかい?」と後ろから声をかけてきました。巡礼は歩くだけでなく自転車、ロバでもいいのです。疲れきったおばさん3人のお昼は、終わったようなものです。「イエス!」紳士は「それではこれを食べると元気が出るよ」と木の実の砂糖煮を差し出しくれました。実の名前は解りませんし写真もありません。私たちは夢中でいただきました。美味しかったこと!生き返りました。

もう直ぐ、イバニエタ峠です。そこまで行けば今日の到着地までは直ぐです。元気を頂いて歩き出した私達でしたが、迷いそうな地点で先ほどのフランス紳士がいるではありませんか!彼は何者?疲れきった体には何も考えずに行き先が解ることは本当にありがたいことです。お礼のキッスでもしたい気分でしたが相手が望んでいないようなので差し控えました(爆笑)再び彼にお礼を言って私たちは進みました。イバニエタ峠を下ったところに修復された「ローランの碑」が。

そこに再びフランス紳士!私達が無事ここに辿り着いたのを見届けて月光仮面のごとく去っていきました(*^^*)

いよいよスペインに入りました。今夜のアルベルゲである修道院に向かって森の中を歩きます。教会の先端が見えるもののなかなか辿り着きません。

巨大な修道院に到着した時はもうくたくたでした。あのドイツの紳士が5時に出発したのは正解です。私達もこれからの出発は早く出ることです。

受付でクレデンシャルと5ユーロを支払います。アルベルゲは原則的には無料でお礼の気持ちで寄付をしていくところもありますが、大体の所では3〜8ユーロです。

この修道院は100人以上巡礼者が泊まれる鉄パイプの2段ベッドが並んでいました。それは壮大なものでした。
地下にはシャワー室、洗濯機、乾燥機、談話室がありました。

入ったとたん圧倒されましたが、直ぐに現実に戻り指定されたベッドに寝袋を用意して早速シャワーを浴びました。私のベッドの隣には、韓国の女の子がいました。Hae Yeonちゃんといって日本語が話せます。お母様が日本の方とか、なるほど!2泊目のアルベルゲで途方にくれている私達にいろいろ教えてくれました。アメリカに留学していたとかで英語は日本語よりモットお上手でした。若く見えましたが25歳だそうで「ひとりで巡礼をしていて親御さんはご心配ではない?」との質問に「?私はもう25歳ですよ(^-^)」そうでしたね。
わが子でも中学卒業以後あまり手をかけなかった私としたことがありきたりなことを聞いたものです(汗)

とにかく私たちは空腹でした。巡礼メニューというのがこの巡礼の道々には用意されています。
前菜・メイン・デザートそれにワインか水を選択できて8ユーロが相場です。

イエンちゃんに教えられてレストランに7時の巡礼メニューを予約しました。
今夜はペンネ・マスのムニエルとフレンチポテト・ヨーグルト・赤ワインでした。
日ごろまったくアルコールを嗜まない私ですが旅に出た時はワインを頂きます。
仲間のHさんはビール党です。ほとんどアルコールには弱いYさんはこの巡礼ですっかりセルベッサ(ビール)のファンになってしまって帰国後はご主人様のお相手が出来るようになったとか????

やっと私達の空腹も治まり10時の消灯に寝袋に入ると夜は無かったのかしら?と思うくらい5時まで爆睡でした。かくして巡礼歩きの一日目は終わりました 。(_ _)Zzzzzzzzzzzz

2006年8月21日

ぶらりさん自己紹介


世界で一番人口の多い団塊の世代・1947年生まれの好奇心いっぱいの獅子座です。
忘れた頃の5人目で、比較的自由に育ちました。生まれは熊本・小中学校時代は下関ですから育ちは下関かも知れない。存在感のない子供でした。親からも同級生からも忘れられることが多かったので、気ままにテクテク歩いたりラジオ・テレビに興じたりしていました。今の生活にそんな育ち方が反映しているかも知れません。

運動神経の悪かった私は歩きというスポーツを見つけて20年すっかりアルチュウ(歩く中毒)になっています。社会性に乏しい割にはここ10年位は旅仲間と4〜10人くらいで海外旅行を楽しんでいます。

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