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ぶらり・ぶら〜り by ぶらり

第38回 パリの休日

モネの睡蓮といえばパリコンコルド広場近くにあるオランジュリー美術館です。
12年前オランジュリーの睡蓮がみたくて行ったのですが、閉館直後でした。次は改装のためお休みでした。そして、昨年5月に再オープンでした。

3度目の正直です。昨年レオンまで巡礼の道を歩きフランスから歩き出していたのでフランスへ夜行でもどりました。
飛行機の出発は21時でしたのでちょっと時間がありどうしてもオランジュリーを見たくて手続きをすませてパリへ戻り念願の360度の睡蓮に出会いました。

今年(2007年)3年前に癌を克服した姉の希望でベネルックスとフランスの旅へお供しました。
他姉の老人会仲間5人が加わり7人の大旅行団でした。最年長者78歳の殿方、後は76,72,72,67,66歳のお姉さま達、皆さんとてもお元気!


朝陽を浴びたモンサンミッシェル

以前にご紹介しましたモンサンミッシェルへはいささか行程上きびしかったのですが希望が強かったので計画に入れました。ところが我々が訪れた時が何年に一回の満潮という時で満々とした海水に浮かぶモンサンミッシェルはすばらしいものでした。翌日の朝陽を浴びたモンサンミッシェルもさらに美しい。ご覧ください。
しかし、お姉さま達早朝かの地へ2キロも往復できないとホテルでお休みでした(残念です)

翌日からパリに4泊アパルトマンを借りてほんのつかの間のパリの休暇を楽しみます。
企画を立てる私の特権で、1日目はモネが43歳から晩年にかけて過ごしたジベルニーの家です。


アパルトマンのサロンと台所

本当は8:15発の電車に乗りたかったのですが、早いとの皆さんの意見で次の11時3分の電車になってしまいました。今回の旅はのんびり旅です。彼らにとってトイレはとても重要なのです。
朝食後出かける前のおなかの調節に時間がかかります。途中も1時間から1時間半に一度はトイレタイムが必要でした。旅が終わる頃には、町のカフェで駅で見つけるのがとても上手になりました。
それに有料トイレにもすっかり慣れ、あそこは高い安いと話題に事欠きません。

サンラザール駅を出発してヴェルノン駅下車。切符売り場は結構混んでいました。
到着後バスの乗り場は?なんて心配はありません。ほとんどの人はジベルニーへ行くみたいでみんなが行く方へ行けば間違いないようです。バスはいっぱいになると出発します。
チケットは運転手さんから往復を買います。

クロード・モネの家と庭のチケットは2種類。庭だけだと4ユーロ両方だと6ユーロでした。
手入れの行き届いた庭には良くぞこれだけの花や木がと思うほどです。私もうっかりだったのですが、モネ=睡蓮と方程式のように考えていましたが、訪れた時期は4月、あるはずがありません(笑)
ではその一部をご覧いただきます。この花木が彼の作品に成ったんですね。



庭を堪能いたしました。ここから多くの作品が誕生したのですね。。庭を見た後はアトリエと住居です。入り口ではチケットの提示が必要です。中は写真の撮影が禁止でしたので写真がありません。係りの方が日本語で「写真ダメ、ビデオダメ」なかなか愛嬌のある方でした。
中には相当数の浮世絵がありました。半分以上は浮世絵だったような気がいたします。
また台所の青いタイルが素敵でした。

花の中で時の経つのを忘れていましたが、腹時計が・・・
食後は帰りのバスには少し早かったのでジベルニーの町を散策しました。ところどころで絵を書いている方がおられました。アンテイークショップではバカラのキャンデイボックスが気になりましたが、荷物になるので諦めました。出発が遅かったので帰宅は8時近くになってしまいました。幸いスーパーは開いていました。
ヨーロッパはサマータイムでまだまだ明るいです。本日の夕食は、スープ、腸詰ソーセージ、サラダにご飯です。暑い一日でした。ビールとワインで乾杯\(^o^)/

2007年6月25日

ぶらりさん自己紹介


世界で一番人口の多い団塊の世代・1947年生まれの好奇心いっぱいの獅子座です。
忘れた頃の5人目で、比較的自由に育ちました。生まれは熊本・小中学校時代は下関ですから育ちは下関かも知れない。存在感のない子供でした。親からも同級生からも忘れられることが多かったので、気ままにテクテク歩いたりラジオ・テレビに興じたりしていました。今の生活にそんな育ち方が反映しているかも知れません。

運動神経の悪かった私は歩きというスポーツを見つけて20年すっかりアルチュウ(歩く中毒)になっています。社会性に乏しい割にはここ10年位は旅仲間と4〜10人くらいで海外旅行を楽しんでいます。

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