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ぶらり・ぶら〜り by ぶらり

第41回 サンチャゴ巡礼道900キロの旅 part9

6月3日ビジャダンゴス・デル・パーラモ (Villadangos del paramo)〜アストルガ(Asotorga) 47109(41312)28.5k

午前6時25分出発。先に出た仲間たちの背中を見ながら歩き始める。コンパスの長い彼らは早く直ぐに姿が見えなくなり後ろから来たグループに追い越されてしまう。マイペースを心がけるのが長い巡礼の旅のコツである。美しい夜明けは、この道を歩けることへの感謝と一日の始まりを奮い立たせてくれる。

7時半San Martin del camino 到着。オブジェに誘われてここで朝食!大きなコーヒーカップがうれしいですね。マフィンが3個ついて3ユーロでした。8時05分出発。
暑い、まだ調子が出ない、背中のリュックが昨年より重くおまけにアルギミロからのプレゼントが私達の背中にズンと来る。8時50分川の音に誘われて休憩。

9:30スペイン版弁慶の伝説の残るオルービゴ橋に到着。

『スペイン版弁慶と言われるのはドン・スエロ・デ・キニョーネス Don Suero de Quinones 。
ドン・スエロは1434年7月25日前後の1ヶ月間、オルービゴ橋の真ん中に陣取り、名もしれぬ姫への思いから騎馬試合を催した。「われこそは」と剣に覚えのある騎士たちが名誉をかけてドン・スエロに挑んでいく。寄せいる騎士たちをばたばたとなぎ倒し、勝利の記念に相手の騎士の槍を奪ったドン・スエロ。
1ヶ月間で奪ったやりは数百本にものぼった。満願成就の暁に、サンティアゴに詣でをして想い姫から戴いた金のブレスレットを奉納した。名前の知らない姫のために戦うなんて、ドン・キホーテといい、中世の騎士は変わっている。お互いに名誉をかけた騎馬試合は、「名誉の歩み Passo de Honroso 」という騎士道物語としてヨーロッパに広く伝わっていく。
村では、6月の第一週の週末、中世の服装をした村人たちが中世の料理を作り、中世の市や劇を開いて、これを祝っている。』(中谷光月子著「サンテイアゴ巡礼ヘ行こう」抜粋)

私達が到着したその夜と前夜はまさにお祭りの日。この巡礼をするにあたっては中谷さんのこの本はずいぶんと参考にさせていただきました。(ご参考までにつくば市図書館蔵書)

若者たちは昨夜からの酔いがまだ醒めないらしく陽気でした。町は今夜の祭りのために準備中でした。
町の規模の割にはアルベルゲがたくさんあります。
実は昨日到着予定だったのですが現実は・・・残念です。10時前に今日ここに泊まるわけには行きません。ああたくさんの日程が欲しいm(~-~m)〜

多少の後ろ髪惹かれる思いを振り切って先へ進みます。
10時45分本日の歩き半分の地点Villares de orbigo に到着。マフィン3つではお腹が持たなかったようでBarを見つけてボカデイージョで昼食。

背中の荷物が相当堪えている。こんな日は太陽の照り返しがいっそう辛く感じる。
ここから11キロの峠越えが辛かった。こまめに休憩を取りながら「この山を越えればアストルガ」を目標にいくつ丘を越えたことか?途中のオブジェは何だったのか?大きなクロスが現れた。高台からアストルガの町が見える。そこから1時間最後の力を振り絞り歩きます。3時半アルベルゲに到着

今日は日曜日です。店は開いていません。レストランへ行く力がもうありません。
ハテ?と台所へ行くと皆が夕食を作っています。「店が開いているの?」と聞くとお昼まで市が開かれていたがもう終わっているとの事。アメリカのお嬢さん達が余った野菜類を提供してくださり、作ったパスタが余ったからとパスタもいただきました。先人達の残した食材からお米を見つけました。早速ご飯を炊いて手持ちの梅干、焼き海苔それにいただいたもので私達は生き返りました。

翌日に、いただいたセシーナ、ガイドブックそれに使わないと思われる衣類を少し日本へ送ることにしました。明日は少し朝寝ができる。お休みなさZzzzzz

6月4日アストルガ(Asotorga)〜エル・ガンソ(El Ganso)32042(20532)13.7K

アストルガはローマ時代「ルゴ」「銀の道」「アキテーヌの道」を結ぶ交通の要所として栄えていた。
郵便局は9時からです。アルベルゲを8時出発。郵便局近くのホテルで朝食。9:15郵便局を出る。
アルトルガを出る前にガウデイ作の司教館とその隣にあるカテドラルを見る。


司教館


カテドラル

☆ガウディがアストルガ司教館の建設にとりかかったのは、すでにバルセローナのグエル邸や、サグラダファミリアの地下聖堂を手がけ、建築家として注目されていた頃のこと。
ガウディの友人であり、その才能を高く評価していた当時のアストルガ司教は、火災に遭い全焼した司教館の再建をガウディに依頼したのだという。
ところがその司教が亡くなってしまったこと、財政上の問題、建設委員との折り合い等を
理由にガウディは建物の最上階と屋根を完成しないまま、アストルガを去ってしまった。
故意に凸凹を残した石で敷き詰められたその壁は、白い雪が付着した時に、美しい模様を描くことを計算したものだったという(米山智美著 スペイン巡礼の道を行くより抜粋)

アストルガを10時半出発。約7.5キロ先には、歴史保存地区Castrilo de polvazaresがある。
是非ここだけは見逃したくなかった。町全体が歴史保存地区に指定され、家を再建あるいは新築するにも、赤い壁に緑の扉の色も同じような形態を守らなくてはいけないそうです。

12:20Castrilo de polvazares到着。小さくて、人がいません。いるのは巡礼者だけです。でもホテルが数件????そこへ小さなワゴン車が着ました。パン屋さんです。巡礼路では雑貨、野菜、魚とこの種の車を見かけます。レストランがしまっているようなのでパンを購入、手持ちのトマトと一緒に日陰で昼食です。


人影のない町


パン屋さん

パン屋を待つ老人

赤い町を出て約2キロ行くとSanta Catalina De Somozaです。町の入り口でおじさんが手作りの杖を売っていました。今年は、ステッキを持参しないで現地でという思い出歩いていたのですが、赤い町の手前のアルベルゲで売っていたものを購入したばかりでした。

そのおじさんのお勧めのアルベルゲ兼レストランによってみました。中は素敵なパテイオでした。
レストランに入ると日本語で迎えられました。なんと彼は税関にお勤めだとか。
グルメな奥様Aさんカウンターの海老、オリーブ、チョリソを注文!山の中なのに海老がおいしいo(^-^)o Aさんも私も夢中で食べてしまいました。このアルベルゲに泊まりたかったが後4キロ先のEl Ganzoまで進むことにする。

3時半に目的地エル・ガンソに到着!アルベルゲがなかなか見つからなくて暑さの中ちょっとSanta Catalina De Somoza に泊まれば良かったかな〜なんて後悔する。

やっと見つけたアルベルゲ朝食つきで8ユーロ:ん〜ちょっと高いけどここしかない!入り口の屋根裏部屋にベッドを確保、結果的にはこの屋根裏部屋に私達2人だけで結構快適な一夜だった。

シャワー洗濯とさっぱりしたところで町を散策。といっても小さな町である。地元のお年寄りの夕涼みに合流!知っているだけのスペイン語で話しかけたのが良かったらしくえらく歓迎されてしまった。このひと時が旅の楽しさである。


やっと見つけたアルベルゲ


屋根裏部屋

紳士淑女達の夕涼み

 

レストランの巡礼メニューも野菜がいっぱいで結構なものだった。
昨年の巡礼でAさん飲めなかったセルベッサ(ビールのこと)が飲めるようになりご主人様のお相手などできるようになったとのこと。
そしてアルコールの習慣などなかったこのぶらりも巡礼メニューにつくワインがすっかりお気に入りになってしまった。とはいえ我が家は晩酌の習慣のない家なのでぶらりのワイン生活は旅先だけである。


レストランにて同宿の巡礼者

2007年9月27日

ぶらりさん自己紹介


世界で一番人口の多い団塊の世代・1947年生まれの好奇心いっぱいの獅子座です。
忘れた頃の5人目で、比較的自由に育ちました。生まれは熊本・小中学校時代は下関ですから育ちは下関かも知れない。存在感のない子供でした。親からも同級生からも忘れられることが多かったので、気ままにテクテク歩いたりラジオ・テレビに興じたりしていました。今の生活にそんな育ち方が反映しているかも知れません。

運動神経の悪かった私は歩きというスポーツを見つけて20年すっかりアルチュウ(歩く中毒)になっています。社会性に乏しい割にはここ10年位は旅仲間と4〜10人くらいで海外旅行を楽しんでいます。

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