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ぶらり・ぶら〜り by ぶらり

第63回 2009年アルゼンチン・チリへの旅(4)

3月21日-8日目-カラファテ〜プエルト・ナタレス
旅も終盤です。仲間が作成した、今回私達が旅した地図です(多分「地球の歩き方」から)
大体の行動はお解かりいただけると思います。成田からまずはアメリカ・アトランタを経由して、アルゼンチン・ブエノスアイレスから入りチリのサンテイエゴを出ました。

地図

いよいよ定期バスでチリに向います。今回アルゼンチンは考えの中にありましたが、チリはあまり意識しておりませんでした。ちょっと通り抜けるくらいに考えていました。国境でしっかりと荷物検査などがありました。
バスから私たちはもちろん荷物も降ろされて検査がありました。ちょっと緊張の瞬間でした。

私の隣の席には地元の女性が座っていました。小腹が空いたので事前に用意していたバナナを私が食べ始めた時、彼女が親切に私に何か伝えてくれました。

その時私は、果物をバスで食べてはいけないと言われたとおもってしまい、あわてて半分食したものを袋に戻しました。でもこれは私の理解不足で、チリの国境での検査に生ものの持込が禁止されていたことを彼女は私に伝えたかったようです。

バス

もちろん国境で半分のバナナは没収されてしまいました、それにりんごも(´;ω;`)
仲間達数人はそれをすばやく察知してあっという間にバスを出るときに食べてしまいました(すばやい)!♪ああ私のバナナとりんごよ♪

バス

何はともあれ全員無事通過、チリへ入国終了。
再びバスで目的地プエルト・ナタレスへ2時ちょっと過ぎに到着。ここは最終目的地パイネ国立公園へのトレッキングの起点となる街。

バス停留所ではパイネ公園へのツアー会社のスタッフがお迎えに来てくれていてかわいい日本語を話すお兄ちゃん。明日の予定を伝えてホテル前で私達はお別れをした。

可愛いホテルでオーナーは愛想が良かった。 さすがに全員空腹だった。

町を散策しながら海辺のレストランへ、すでに3時を過ぎていてランチタイムは終わりだった。しかし、我々は7名! OK が出て、昼食と夕食を兼ねた食事をすることにした。結構高級そうなレストラン2食分です。気張りましょう。
バス

バス

3月22日-9日目-プエルト・ナタレス〜 パイネ国立公園

今日のお迎えは午後1時。ガイドはラテン的な美女カローラさん。
まずは昼食、その後オフィスでパイネ国立公園への入園手続きのための書類確認。
なぜ午前中にできないのか不思議だ。何事ものんびりの南米タイムだと思うことにする。

オフィスを出発後15分くらいでミロドン洞窟に到着。1万年前のナマケモノの先祖ミロドンの骨が見つかったミロドン洞窟を見学。

バス

バス

いよいよパイネ国立公園ツアーの始まりです。
年平均気温は6.5度、西側は降雨,降雪が多く、東側は年間を通じて強風が吹く厳しい気候です。草原地帯、落葉樹の森、ツンドラ地帯など変化に富んだ植生の中、コンドルなど猛禽類、チリフラミンゴなど水鳥、ニャンドゥなど鳥類も生息する。哺乳類・ピューマ、ハイイロギツネなども棲む。

グアナコ,ダーウインレアなどここでしか見ることのできない動物が自然の中に溶け込んでいる風景に出会う。皆撮影に夢中になる。また、カラカラと呼ばれる鳥がコンドルにでも狙われたのだろうか小動物が道路の脇に転がっているのを突っついている。
まさにここは弱肉強食に世界なのだ。

氷河によって削られた標高3000m近い花崗岩の岩峰群が風景の基調をなしている。
ここで数々の山々、湖、滝と2日間私達は自然を満喫した。

バス

バス

湖のグリーンはミネラル成分が多く波打ち際は塩分で白い結晶になっていた。
山への入り口にあるつり橋は私達の乗ったマイクロバス一台がやっと通る狭さ。
私達はいったん降りて橋を歩き、バスだけが通ったのだが、帰るときにわかったことは、これもサービスだったらしい。寒かったが結構楽しいサービスだった。

夕方18時半ごろにお目当てのドームテントに到着。五つ星クラスのホテルのようなテント暮らしというのが今回のツアーの目玉なのだ。
8時に夕食が始まり、豪華とはいかないがテント暮らしの食事にしては豪華だった。
ただ私達は8時過ぎに食事をする習慣がない、それに量の多さはいつも悩まされる。

食事も終わりそれぞれのテントに向かうのだがその途中の星空はすばらしかった。
天の川があのように近くに見える経験は初めてだった。たくさんの星がすぐ掴めそうだった。

3月23日-10日目-パイネ国立公園散策&トレッキング

この日は朝から曇り空ドームを出ると虹が出ていた。虹が端から端まで見えたが、カメラが小さいので、2枚を合成してみた。

バス

この日の午前中は、バスツアーと散策。午後は散策組とトレッキング組と分かれた。
4名はグレイ湖の上をトレッキング、3名はクルージングを選んだ。
後でわかった事だったが、クルージングではグレイ湖の氷河が見れたとの事だった。
トレッキングもよかったが,そちらの方も良かったみたいだなぁ。

バス
トレッキング組

バス
クルージング組

バス
建設中のドーム

バス
ドームのレストラン

3月24日-11日目-パイネ国立公園散策&トレッキング

今日はパイネのハイライト、トーレス・デル・パイネ(パイネの塔)までのトレッキングです。
お天気も上々でしたが、かなりハードでした。カローラは散策組2人のガイドです。
私達5人には・・・ごめんなさいお名前を忘れてしまいました。
スタッフの一人の青年でかなりトレッキングのガイドとしては優秀でした。

私たち中高年5人をやさしくサポートしてくれました。
時間の配分もすばらしいものでした。トーレス・デル・パイネに到着した時“We make it”
日本語でなんていうのとのことで「やったー!」そうか「ヤッター」と一緒に喜んでくれました。トーレス・デル・パイネをご馳走に昼食のおいしかったこと。彼はそんな時も空の様子を見ていました。私たちが興奮して写真を撮っていると「天気が崩れそうです。下山しましょう」

おかげで、ハードな下りが終わるまでは、何とか雨は降りませんでした。しかし、山の天気はわかりません。平坦な道に入るとポツポツ。今朝はあんなに晴れていたのに、でも雨の中も苦になりませんでした。
バス

バス

トーレス・デル・パイネは想像以上に素晴らしかった。パイネに着てからいつもテントから見上げていました。そばで見るともっともっと素晴らしかった。
この旅ができたすべてのことに感謝です。

バス

翌日私達は再びプエルト・ナタレスを経てサンテイアゴで一泊、さらにアトランタへそして成田と、行きも遠かったが帰りも遠かった旅でした。
美しいもの,秘境と呼ばれるところは遠くて不便なところにあります。
だからこそ美しさが残っているのでしょうね。

 

こんなに遠い南米はもう行けないかも知れないなぁと思っています。

でも・・・・・できることならもう一度・・・・・・

2009年7月29日

ぶらりさん自己紹介


世界で一番人口の多い団塊の世代・1947年生まれの好奇心いっぱいの獅子座です。
忘れた頃の5人目で、比較的自由に育ちました。生まれは熊本・小中学校時代は下関ですから育ちは下関かも知れない。存在感のない子供でした。親からも同級生からも忘れられることが多かったので、気ままにテクテク歩いたりラジオ・テレビに興じたりしていました。今の生活にそんな育ち方が反映しているかも知れません。

運動神経の悪かった私は歩きというスポーツを見つけて20年すっかりアルチュウ(歩く中毒)になっています。社会性に乏しい割にはここ10年位は旅仲間と4〜10人くらいで海外旅行を楽しんでいます。

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