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つくばもんスタッフのつぶやき

第2回 年賀状

みなさま、三か月ぶりのスタッフのつぶやきコーナーでございます。首を長くしてお待ちの方も、、、いえ、いいんです。
前回と同様、引き続き、非才スタッフTが勤めさせていただきます。

来年までカウントダウン状態ですね。みなさま、年越しの準備はお済みでしょうか?
私も、もちろん済ませました。なにも年末に大掃除をやらなくても、いつでもできるから、去年もそんなこといったよな、などということは、ありません!
フローリングはツヤツヤ、窓ガラスはピカピカ、完璧に磨かれたマイルームには、すでに新たなる年の芳香が漂っています。
陽が差すと、埃が踊っているんだよね、ということも、絶対にありません!
、、、さすがに、生ゴミは出しました。それ以上は、昨今話題の「片付けられない女」特集に取り上げられるほどのインパクトはない、とだけ、言っておきます。
(どうでもいいのですが、なぜ「女」だとテレビ番組になるのでしょうね? 片付け能力と性別の相関関係は、あまりないと思っていますが。)

年末の大仕事といえば、年賀状です。もう出しましたか?
私は、元旦到着は諦めました。年賀状が届く前に会ってしまう人が数十名いるような状況でございます。せめて、お年玉の抽選日前に、届くよう日夜奮闘しております。
昔から、夏休みの宿題は8月31日から始めました。毎年、11月も半ばになると、年賀状のことが脳内を駆け巡り、重苦しい気分を抱え、時間ばかり経過します。
「虚礼廃止と地球の森林資源保護のため年賀状は出しません」
と、割り切ることもできません。
重苦しい気分を解消することなく、年を迎えたこともありました。自分では出さないくせに、人から来ると嬉しいものです。しかし続けていけば、確実に年賀状は減っていきます。寂しいものです。
疎遠な人ならともかく、三が日明けに出しそびれた状態で人に会うのは、重苦しいだけでなく胃が痛くなってきます。
晴れ晴れしい正月を迎えるんだ! 年賀状が来たら嬉しいじゃない! と自らを励ましているところです。
年賀状だけでなく私は万事そのようでございますので、地味な生活にも関わらず、毎日が夏休みの最後の日、というスリルを味わっております。

ここ数年、年賀状のやりとりだけ、という人が何人かいます。
学生時代の友人が主ですが、本人の結婚式以来会ったことのない人ばかりです。
年賀状の文句は大抵
「去年は忙しくて会えなかったね。今年は会いたいね」
と、なります。
疎遠になってしまうと、果たして友達なのだろうかとも思いますが、私にとっては友達です。
普段、思い出すこともなく、来年も会うことなく、一年が経ってしまうでしょう。でも間違いなく友達なのです。
もし年賀状がなければ、これら友との繋がりはどうなるのでしょう。友達だと確認することもなく、すべて消えてしまうかもしれません。年賀状とは、私にとって、悩み多き習慣であるとともに、絆を保つ、細いけれど頑丈な糸なのです。

1月1日というポイントは人間が決めた場所で、地球は淡々一定速度で回っております。
だから、年が変わるからといって焦ることもないし、大掃除などしてもしなくても、、、申し訳ございません!
年の変わり目とは人の約束事に過ぎませんが、子供のころから好きです。この季節の(南半球では夏ですね)張り詰めた空気に、緊張感を覚えます。
地球にしてみれば、関係なく動いているだけですが、一年の倦み疲れが冷たい空気によって浄化され、新年に入っていくような、心地を覚えます。
そして、来年こそはと決意します。
2005年の年賀状は、12月15日までだすぞ! 完璧に掃除するぞ!

※内容とは関係ない写真ですみません。おなじみの、つくばセンター周辺の風景です。デジカメの練習とばかりに、撮りました。

2003年12月29日

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